Bjergsen「現実逃避の手段として、俺はゲームを選んだ。」

過去にFaceBookでBjergsen自身が書いた経験談や、彼のドキュメンタリー動画などから部分を引き抜いて記事にしてみました。

元ソース達はこちら↓

https://www.facebook.com/Bjergsen/posts/676609642362402?stream_ref=10

 

からどうぞ。

 

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Bjergsenの少年期

Bjergsen:俺の学生生活は、お世辞にも良かったとは言えなかったね。小学4年生、5年生ぐらいの頃からかなり頻繁にいじめられ始めたんだ。図体のデカイ男子クラスメイト達がいじめ続けて、その頃の俺はチビで痩せてたから抵抗することもままならなかった。よく学校帰りは打撲、痣、出血しながらだった。先生達までもがグルで、権力を持つ人間を味方にして逃げることもできなかった。

幼い頃から孤独と恐怖心を抱いて生きてたから、まともな人格が育つこともなかった。ついに欝になって、親以外の人間と話すこともなくなってしまい、8年生(中学2年)になった頃には登校拒否にまで到達しちゃったね。親は一生懸命に俺を励まして、学校に連れ戻そうとしたけど、その頃もまだいじめは続いてたからまた学校に戻ろうとしても、一週間と立たずに精神面で砕け散って、引きこもりに戻る生活だった。

現実逃避の手段として、俺はゲームを選んだ。家に戻ったらすぐにゲームをやり始めて、自分以外のことに集中できるその瞬間は俺の人生の小さな楽しみ、支えになってくれた。その頃からLoLにハマったんだ。一日中部屋に引きこもってLoLをプレイしてたら、その内にソロキューで超高レートにまでたどり着いちゃって、名だたるEUの有名プレイヤー達にも俺が知られるようになって、色んなオンライン大会でも賞をもらえるぐらいに上手くなってた。

そんな時に、コペンハーゲン・ウルフズっていうEUのチームに参加して、オフライン大会に出ないかって誘いが来たんだ。

俺は怖かった。年も16歳でまだ鬱は残ってたし、不安でいっぱいだった俺はもうすぐでこの誘いを断るところだった。人生に一度のビッグチャンスを自分で棒に振りかけたんだ。でもウルフズのマネージャーだったDeficio(現EULCSキャスター)が俺と父親と一緒のとても長い会談の後、絶対に俺の面倒は見て何か起これば俺のことを必ず守るって約束したんだ。だから来い!って言われて、それが後押しになって、俺は勇気を出してDreamHackWinter2012、っていうイベントの大会に参加した。

そのイベントでコペンハーゲン・ウルフズは3位にまで食い込んで、EULCSへの参加条件を満たしたんだ。まだ最低参加年齢の17歳になってなかったから最初の3週間は参加できなかったけど、17歳になってから俺は正真正銘、学校からドロップアウトして正式にEULCSのプレイヤーになった。

 

 

EUからNAへ

Bjergsen:俺がまだ参加していないコペンハーゲン・ウルフズのLCSデビューは最悪だった。俺がいない3週間の間にプレイした試合は全敗して、俺が入るだけでそれが改善されるとも思わなかった。でも俺が代理ミッドレーナーとの交換で入って、ウルフズは初勝利を決めたんだ、俺のペンタキルと共に。すごく、すごく楽しかった。

その頃から俺の知名度が急に伸び始めて、いつしかEUのナンバーワンミッドレーナーの座をAlex Ichと争うほどのビッグネームになってた。

でも、正直怖かった。有名になんてなりたくなかったし、インタビューの誘いも全部断ってた。まだ世間的にゲーマーであることは下に見られるっていう自虐的な価値観を持ってて、こんなPCゲームで上手くても何も誇らしくない、そんな気持ちだった。

恩知らずな事を言うけど、俺のファンを名乗る人達は全員愚かだと思ってた。誰がこんな細くて気持ち悪い、ゲームしか取り柄のない、学校中退のヒキコモリいじめられっ子を好きになるんだろう、って(笑)。プロになって一番最初のスプリットはコミュ障のままで、他のプレイヤーたちとも極端に話し合いを断ってた。何か失言をするとその瞬間からいじめられる日々に戻るんじゃないか、みたいな不安すら抱えていた。他のプレイヤーたちもスタッフたちも本当はとても親切で、そんな心配をする必要なんてなかったって理解するのには時間が必要だったね。

コペンハーゲン・ウルフズと、そしてニンジャ・イン・パジャマズの二つのEULCSチームで頑張ってプレイしたけど、あんまり戦績は芳しくなかった。でも時が経って経験を積んでいく内に、自分のミッドレーナーとしてのパフォーマンスに自信を持てるようになって、ファンベースのみんなも俺を常に持ち上げてくれてた。そして俺は、一世一代の大博打としてアメリカに飛んでいったんだ。

LoLのプロとなった一年間で、俺は個人として精神的に大人びたと思う(そしてついでに自分のエゴも大きくなっていった笑)。更なるチャレンジを求めてヨーロッパからアメリカに旅立つ頃には、俺は今までの人見知りでコミュ障な、すべてのインタビューを断ってた頃よりもずっと成長してた。

 

 

NAのナンバーワンミッドレーナー、Søren Bjerg

BjergsenTSMの長い歴史において、2013年の11月から現在までずっとミッドレーナーとして活躍し続けている、今のチーム内の最古参プレイヤーです。過去に活躍したTSMのプレイヤーはDyrus,Amazing,Santorin,Wildturtle,Lustboy等。彼らは2014年のNALCSのファイナルズで1位、Worldsでもベスト8に入り込むなど数々の偉業を達成したものの、2015年の芳しくないパフォーマンスに鑑みて、TSMはBjergsen以外の選手達を全員入れ替える凄まじいロースターチェンジをします。その時、Dyrusは感動的なスピーチの後に選手引退、他のメンバー達はTSMから離れ別々のチームで活躍することに。

そして残った唯一の古株であるBjergsenにはチームキャプテン、ショットコーラーとしての重大な責任が加わりました。

 

Bjergsen:今の俺は本当に人生が楽しいと感じる。過去の自分からは考えられないような責任のある身になったけど、こんな俺に人間的成長を促してくれたDeficioにはとても感謝している。彼がいなければ今頃俺はこんなビッグステージになんかいないし、彼の自信満々な性格を尊敬してるからこそ俺はチームキャプテンとしてTSMの全てを背負っても震えない。

自分のショットコーリング、自分の決断でチームの勝敗が決まるんだ。その時に失敗を恐れていたらいけない。その判断に自信がなくても、あるように振舞わないとチームがガタガタになる。チーム全体の動きを自信を持って決定する役割、それが俺だ。

 

QuickShotBjergsenの自分にかけるプレッシャーは凄まじいものがあります。そしてそんな期待を自身に背負わせた後に敗北や苦難を直面すると、プレッシャーに耐え切れず心が折れてしまうこともある。でもBjergsenはそれを更なる力に変えてしまう。精神面で彼に勝る人間は少ないだろう。

 

 

 

二週間半ほど前、Bjergsenは4度目のNAプレイヤーMVP賞を受賞しました。おめでとう!(ちなみに彼の他に複数のMVP賞をもらっている人間はいない。)

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